1980
- 1986年9 月19 日
米運輸省は、デルタ航空とアメリカン航空両社の日本乗り入れを認める。1985年の日 米協空暫定取り決めにもとづく処置
- 1986年9 月20 日
ソ連ロシア共和国のウフア空港で国内線のTu134(乗客76人)が乗っ取られ警官2人、乗客2人が射殺される(犯人2人も警官隊の銃撃で死亡)
- 1986年9 月20 日
GATT閣僚会議、新ラウンド(多角的貿易交渉)の開始宣言を採択
- 1986年9 月30 日
運輸審議会、日本貨物航空申請の成田~香港線を認可
- 1986年10 月1 日
米運輸省、テキサス航空によるイースタン航空買収を最終的に承認
- 1986年10 月1 日
ノースウエスト航空、エアバス社とA320-200を最高100機購入することで合意
- 1986年10 月4 日
建設省、関西国際空港工事はガットの政府調達協定の対象に含まれない民間資金を導入した株式会社であるなどの理由から、同協定内外企業無差別の原則は適用されないと表明
- 1986年10 月8 日
ICAO総会、空港でのテロを国際犯罪として処罰するため「空港テロ防止条約」を策定するよう求める決議を全会一致で採択
- 1986年10 月10 日
日大名誉教授木村秀政没、82歳
- 1986年10 月14 日
日本航空 B747を5機、B767を6機発注
- 1986年10 月19 日
モザンビークのサモラ・マシェル大統領の搭乗機が南アフリカ領内で墜落、大統領と閣僚ら29人が死亡
- 1986年10 月22 日
全日空、B747を11機発注
- 1986年10 月23 日
米運輸省、テキサス航空のピープル・エクスプレス買収を認可
- 1986年10 月26 日
タイ国際航空のバンコク発(マニラ経由)大阪行きエアバスA300(乗客233人、乗員13人)、土佐清水市上空で爆発が起き圧力隔壁が吹き飛んだため急減圧を来して大阪空港に緊急着陸、乗客64人が負傷
- 1986年10 月28 日
航空事故調査委員会は、タイ国際航空機の圧力隔壁破壊事故(10.26)原因はトイレ内部で起きた強力な爆発によるものと断定
- 1986年11 月1 日
南西航空、松山~那覇線を運航開始
- 1986年11 月6 日
英国シェットランド島沖で北海油田へ労働者を空輸するヘリコプターが墜落、44人が死亡
- 1986年11 月8 日
大阪府、タイ国際航空機内の爆発事件で大阪市内の暴力団組員を手投げ弾を暴発 させたとして航空危険罪容疑で逮捕
- 1986年11 月10 日
運輸省、国内航空会社6社と日本乗り入れの外国航空会社35社に危険物の機内持ち込み品のチェックなど保安体制の強化を指示
- 1986年11 月15 日
伊豆大島・三原山、12年ぶりに噴火
- 1986年11 月20 日
会計検査院、成田 大阪などの空港周辺防音のための共同利用施設が、自治体によっては目的外に転用されていることを指摘
- 1986年11 月20 日
運輸省航空局長の私的勉強会、航空運賃問題懇談会が初会合開く
- 1986年11 月21 日
財団法人日本宇宙少年団設立(本部;東京都港区)
- 1986年11 月28 日
政府、「第5次空港整備五箇年計画」(昭和61年~平成2年度、19、200億円)を閣議決定
- 1986年11 月30 日
日本ロケット協会(JRS)、設立30周年
- 1986年12 月2 日
NHK、「ゆり2号b」によるハイビジョン試験放送開始。12.25 2チャンネル試験放送開始
- 1986年12 月4 日
国鉄分割・民営化関連3法公布
- 1986年12 月8 日
航空事故調査委員会が日航ジャンボ機事故の模擬飛行実験を行い結果をまとめる それによれば事故機の生還操縦は無理だったと断定
- 1986年12 月8 日
全日空、B737の代替機としてエアバスA320-200の導入を決定
- 1986年12 月9 日
ボーイング社、B747の油圧系統に緊急しゃ断弁を取り付ける改修を盛り込んだ技術通報を出す
- 1986年12 月14 日
燃料を補給しないで初の無着陸世界一周飛行に挑む「ボイジャー」が米カリフォルニア州エドワーズ空軍基地で離陸。23日、9日間で4万余kmを飛行、無給油・無着陸の世界一周飛行を達成して帰還
- 1986年12 月19 日
政府保有の「はと」「ひばり」「かもめ」の3機のヘリコプターが総理府から防衛庁に移管
- 1986年12 月25 日
バグダッド発アンマン行きイラク航空のB737(乗客乗員107人)が乗っ取られ、サウジアラビアのアルアル空港に緊急着陸、着陸時に犯人の手投げ弾が爆発、炎上して62人が死亡
- 1987年1 月5 日
米タイム誌、前年1年間に全米の空で812件のニアミス発生を伝える
- 1987年1 月5 日
ソ連のルイシコフ首相、商業衛星打ち上げ市場への参入を表明
- 1987年1 月8 日
英国政府、英国航空の民営化を正式決定
- 1987年1 月10 日
自衛隊から民間航空パイロットへの引抜採用復活について防衛庁と運輸省が基本合 意
- 1987年1 月10 日
内閣安全保障室が「ハイジャック・マニュアル」をまとめる
- 1987年1 月12 日
テキサス航空は、コンチネンタル航空がニューヨーク・エアとピーブル・エクスプレスを1988.2.1 より吸収すると発表
- 1987年1 月26 日
ボーイング社、B747に次いでB767の後部圧力隔壁も設計変更・強化
- 1987年1 月27 日
関西国際空港埋立て工事着工式
- 1987年2 月2 日
航空機輸入融資制度の概要が決まる、日本開発銀行が全日空と東亜国内、日本輸出入銀行が日本航空と日本アジア航空をそれぞれ分担
- 1987年2 月3 日
航空機メーカーへの政府補助金をめぐって米欧対立が激化、英・米政府間協議で米側がエアバス社への補助金撤廃を求めたが英国側は拒否
- 1987年2 月5 日
宇宙科学研究所、M-3SI型ロケット3号機でX線天文衛星(ASTRO-C)を打ち上げ、「ぎんが」と命名
- 1987年2 月8 日
ソ連、ソユーズTM-2(2.5 打ち上げ)と宇宙ステーション「ミール」のドッキング成功。2人の宇宙飛行士、「ミール」に乗り移る
- 1987年2 月9 日
NTT株上場(初値160万円)
- 1987年2 月11 日
宇宙基地建設計画への参加をめぐり、日・米・加 ESA(13カ国)の4極協議開催。 宇宙基地の民生用、平和目的のための開発・利用の基本原則を確認
- 1987年2 月14 日
航空3社、パイロットの操縦技能証明などの訓練・審査をすべてシミュレーターで行えるよう運輸省に要望
- 1987年2 月14 日
第7管区海上保安本部の5人乗りビーチクラフト機が佐賀・福岡県境の背振山の山頂 付近に墜落、乗員5人全員死亡
- 1987年2 月19 日
宇宙開発事業団、海洋観測衛星1号(MOS-1)をN-Ⅱロケット7号機により打ち上げ。 「もも1号」と命名
- 1987年3 月3 日
デルタ航空、アトランタ~成田、ポートランド~成田線を運航開始
- 1987年3 月3 日
米国の軽飛行機「ボイジャー」で無着陸世界一周飛行をなしとげたディック・ルタン、ジ |ーナ・イエガー両飛行士が来日、東京・池袋のホテルで講演会をひらく
- 1987年3 月3 日
全日空は、 エアバス社とA320-200の20機購入契約に正式調印
- 1987年3 月9 日
三菱重工、F-1支援戦闘機の最終機(77機目)を納入
- 1987年4 月1 日
日本近距離航空、「エアーニッポン」に社名変更
- 1987年4 月1 日
国鉄民営化による新会社JRグループ11法人と国鉄清算事業団発足
- 1987年4 月3 日
羽田空港に、わが国の空港で初の救急医療作業車導入
- 1987年4 月8 日
川崎重工業播磨工場でH-Ⅱ口ケットの衛星フェアリング分離試験に成功
- 1987年4 月10 日
米ワシントン州キング郡裁判所、日航機事故の未公開資料についてボーイング社に提 出命令
- 1987年4 月12 日
鳥取県気高町沖の日本海に県選挙管理委員会チャーターの日本フライングサービス所属小型機が墜落、乗員1人死亡
- 1987年4 月16 日
全日空、成田~大連・北京線を運航開始
- 1987年4 月18 日
第2回ヘリコプター・エア・ショー、東京ヘリポートで開催
- 1987年4 月20 日
エアーニッポン、福岡~ 小松線を運航開始
- 1987年4 月25 日
日本航空、名古屋~札幌線を運航開始
- 1987年4 月29 日
朝日航空、西瀬戸コミューター事業を運航開始
- 1987年5 月7 日
米NTSB、日航機事故調査で日本側の最終事故調査報告書の原案に同意
- 1987年5 月9 日
ポーランド国営航空LOTのイリューシン62がワルシャワ・オケンチェ国際空港を離陸直後、エンジン故障のため森林に墜落。乗客乗員183人全員が死亡
- 1987年5 月10 日
ゼネラル・エレクトリック社が開発したUDF(アンダクテッド・ファン)エンジンを装着したMD80の飛行テスト始まる
- 1987年5 月12 日
東亜国内航空、同社の累積赤字が1986年度決算で一掃される見通し
- 1987年5 月12 日
東亜国内航空、国際航空運送協会(IATA)に加盟
- 1987年5 月14 日
経済審議会、「構造調整の指針」(新前川レポート)を首相に提出
- 1987年5 月15 日
佐賀県福富町沖の有明海で全日空訓練生らを乗せた本田航空のセスナT303が壁 落、搭乗の4人全員死亡
- 1987年5 月15 日
ソ連、大型の新型ロケット衛星「エネルギヤ」の打ち上げ成功。しかし衛星は軌道に乗 らず
- 1987年5 月19 日
全日空人事、近藤秋男社長就任
- 1987年5 月22 日
アメリカン航空、ダラス~成田線を運航、日本乗り入れを開始
- 1987年5 月26 日
宇宙開発委員会長期政策懇談会、「宇宙開発の新時代を目指して」 報告書を提出。 わが国も有人宇宙活動を推進し、独自の宇宙往還機開発が必要との内容
- 1987年5 月28 日
モスクワ市内の「赤の広場」に西独青年が操縦する小型機が強行着陸
- 1987年5 月29 日
経済対策閣僚会議、内需拡大・輸入促進の緊急対策決定(公共事業追加5兆円・減税1兆円の空前の財政措置)
- 1987年6 月19 日
運輸省航空事故調査委員会、日航ジャンボ機墜落原因はボーイング社による後部圧力隔壁修理ミスが事故の引き金になったとする最終報告書を提出、同時に事故再発防止のための勧告も行う
- 1987年6 月21 日
パリ郊外ルブールジェ飛行場を飛び立った仏カーレーサーのアンリ・ペスカローロら4人乗りの「スピリット・オブ・J&B」、プロペラ機による世界早回り記録を達成して同飛行場に着陸、飛行距離2万4000km、飛行時間88時間48分
- 1987年6 月22 日
英国政府、空港公団の民営化を正式決定
- 1987年6 月25 日
東亜国内航空人事、眞島健社長就任
- 1987年6 月28 日
日本防衛首脳会議で栗原防衛庁長官、FS-Xの日米共同開発を提案
- 1987年6 月30 日
政府、「第四次全国総合開発計画(四全総)」(目標年次はおおむね平成12年)を閣議決定
- 1987年7 月1 日
航空自衛隊千歳基地で落雷のためジェット燃料タンクが爆発・炎上、ジェット燃料3000キロリットルが炎上
- 1987年7 月1 日
通産省宇宙産業室が宇宙産業課へ昇格
- 1987年7 月3 日
熱気球による初の大西洋横断を目指して米メーン州から飛び立った英国人リチャード・ブランソンら2人、北アイルランド沖合の海上に不時着、熱気球による飛行距離記録 は樹立
- 1987年7 月10 日
青森県十和田市の水田に陸上自衛隊のOH6D観測用ヘリコプター2機が空中接触して墜落、両機の乗員4人が死亡
- 1987年7 月10 日
運輸省がコミューター機の耐空性基準を緩和
- 1987年7 月16 日
仏・西独両国、1990年代後半の実戦配備を目指した軍用ヘリコプターの共同生産に合意
- 1987年7 月16 日
英国航空とブリティッシュ・カレドニアン航空が合併合意
- 1987年7 月19 日
新青森空港開港
- 1987年7 月20 日
英エア・ヨーロッパ、ブリティッシュ・カレドニアン航空に対し路線買収を申し入れ
- 1987年7 月21 日
運輸省、航空機の与圧構造のフェールセーフ性を強化するための耐空性基準項目を追加設定することを決める
- 1987年7 月21 日
米上院、日本に対してFS-Xを米国から購入するよう圧力を加える決議を満場一致で可決
- 1987年7 月22 日
ソ連、3人乗りの宇宙船「ソユーズTM-3」を打ち上げ。「ソユーズTM-2」(2.05 打ち上 げ)に搭乗のY.ロヌネンコ船長は同年12.28にこの「TM-3」で帰還し、これまでの宇宙滞在記録(311日20時間1分;S.クリカレフ)を326日11時間15分に更新
- 1987年7 月23 日
テキサス航空は、ルフトハンザ航空など欧州の航空会社4社で構成する「アマデウス」 グループから予約システムを受注
- 1987年7 月25 日
全日空、成田~香港線を運航開始
- 1987年7 月27 日
航空宇宙技術研究所、宇宙科学研究所、宇宙開発事業団によるスペースプレーン研究開発連絡協議会が発足
- 1987年8 月2 日
神奈川県茅ヶ崎市沖合の海上にFM横浜がチャーターした日本農林ヘリコプターのAS350Bヘリコプターが墜落、女性タレントら搭乗の2人が死亡